From 37 To Anon

あなたとは、数年のブランクがありつつも、なんだかんだ長い付き合いとなりましたね。もう30年近く生きたから、いくつかの恋愛はしてきたし、わたしはこれまで関わった人たちのことは大体わりと好きなのだけれど(いわゆるみんな違ってみんないい)、もし誰かひとりにラブレターを書くなら?と考えたとき、最初に思いついたのはあなたでした。

山と川と公共施設と、居酒屋と7割の民家しか息をしていないような、あんな何もない街で育ったわたしたちが、渋谷スカイから派手に明るい東京の街をともに見下ろしたのは、面白い体験でした。あなたも、「これをいっしょに見る日が来るとは思わなかった」とボヤいていましたね。もしかしたら、わたしたちはまだどこか、あのつまらない故郷を引きずっているのですかね。じぶんに東京の街ってほんとに似合わない、って思いませんか?わたしは思います。生まれながらに暗い魂を無理やり鮮やかさにねじ込むような、そんな違和感がありませんか。わたしたちはほとんど言葉を交わさないので、わたしは勝手に、もしかしたら似た者同士なのだろうかと思ったのです。しかし、ほとんどの場合その予想は外れます。

高校生のあなたが、あのどこまでも澄んでいるふりをしてギチギチの壁に囲まれた街から出て、わたしの知らない別の街(それはそんなに遠くないはずなのに)で音楽の修行をしていたことは、素直に感心します。そのころのわたしは、親の顔色ですべてのことを判断しながら、異常に自由に憧れていたから。もちろん、いま思う自由とはすこし違うものです。もっときれいで、もっと幸福で、それは完成しているから、そのままエンドロールが流れても構わないような、そういう自由を想像していました。そんなことばかり考えながら、あなたがわたしの自由を担う何かに見えてしまって、憧れて憧れて、触りたくてたまらなかったです。

きのう、Instagramのストーリーにあげていたバンドでの演奏、みました。やっぱり、なんにも楽しくなさそうな目でドラム叩きますね。それでも、全身でのリズムの取りかたとか、癖づいた絶妙なレイドバックとか、まるで何故あなたがたったひとりでも街を出ていけたのかが、すべてそこに詰まっているようでした。わたしはあなたと同じように感じてみたいけれど、それは叶わない。その、なんにも楽しくなさそうな目になるためのシステムを、わたしが理解する日が来ないということは、なぜこんなにも悲しく幸福なのでしょうか。

わたしは音楽をしたり、人前で裸になる仕事をしてみたり、文章を書いたりするなかで、わたしのみた幸福を再現する方法を模索していました。他人にも伝わる方法を。けれど、わたしは頭が悪いので制御できないものが多すぎて、じゅうぶんな時間を身体は耐えきることができなくて、ふつうに不器用だし何もうまくいかなくて、きっといまのわたしに出来ることは悲しいくらい決まっていたのだと、理解しました。人間が、数式で自然をデザインしながら生きるものの、どこかでその圧倒的な力に当然のごとく負けてしまうように(しかし地球や人類と、わたし一人の話では、スケールも協力者の数も違いすぎる。地球を諦めてしまえばわたしたちは死ぬ)。

あなたに何かを伝えようとすると、こんなふうについ喋りすぎてしまって、じぶんの話になってしまう。あなたに話しかけているのか、わたしに話しかけているのか、分からなくなってしまう。きっと、あなたにだったら伝わるかもしれないって、どうしてもそんな期待があるんでしょうね。わたしたちがふつうの恋人同士みたいに共に生きる姿は想像できないけれど、お互いずっと旅をしていきましょうね。あなたは、それが終わる日まで音楽を続けるのでしょうけれど、さっきも言ったようにわたしはあまりにも小さすぎるので、こうやって、あなただけに向けて言葉を置いていくくらいが、ちょうどよいのです。